墓石ルーム
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墓石ルームについて
有限会社 墓石ルーム

[所在地]広島県福山市引野町5丁目21-24
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弥生時代の様式

銅鐸

弥生時代になると稲作が普及し、石器にかわり金属器が普及しました。農業の生産は飛躍的に向上し、労働力が必要になりより大きな集落 が各地に生まれました。しかしそこに貧富の差も発生しました。貧富の差は拡大し、部族間の戦争も発生し、それに勝ち抜き力をつけた部 族の指導者は、自らの力を誇示する大きな墓を造るようになり、その規模は時と共に大きくなって生きました。
 また、集落では住宅や倉庫などを造る事が優先され、墓地は集落から離れた場所へ設けられるようになったのもこの時期です。墓地は住 宅地に適さない場所へと移され、家族単位、一族単位として埋葬されるようになりました。その形態が『方形周溝墓』と呼ばれています。 この墓制は四方を溝によって区画し、その内部に盛り土をしたものである。中央に戸主、隣に妻、子供たちはその周囲に葬られ、高さは2 メートルほどですが、一辺が30メートルに達する大きなものもありました。この時代には土葬と木棺に埋葬する方法が混在しているのも とくちょうです木簡は、製材の技術を要し、明らかに大陸から持ち込まれた文化でした。
 そしてただ埋めるのではなく、その上に石を並べ、地上部分には平らな石を置くという支石墓が本格化されてきたのもこの時代でした。  個人を対象とした葬法から夫婦・家族を対象とした葬法に変わってきました。

木棺墓

金属器の出現により板材の加工がし易くなったが、かといってそれ以前に木材加工品が無かった訳ではない。縄文時代にはすでに丸太をく り貫いた舟が造られていたが、石器で造る作業は困難を極め、埋葬用の棺として利用する事は無かったようである。しかし金属器が導入さ れると加工技術も一段と進歩し、やがて西日本を中心に広く普及した。
木棺墓の大きさは、長さ1.5〜2メートル、幅50センチ〜1メートル、深さ30センチ前後のものが多く、その下には炭を敷き詰め たものや、20センチ前後の大きさの丸い石を並べたものなどが発掘されている。これには水捌けや風通しを良くし、腐りやすい遺体や木 材を少しでも長持ちさせたいという願いが込められていた。また、異臭対策として用いられていたとも考えられている。驚くべき知恵では ないだろうか。当初の木棺墓には釘などは使われず、木材を組み合わせて作っていたらしいが、平安時代の遺跡から発掘される木棺墓には 鉄製の釘が使われた跡や、釘そのものが残っている場合がある。木材は加工しやすい反面、腐りやすいという欠点があり、木棺そのものが 現存することは極めて稀で、底の部分や一部の木片が残されているのが一般的である。

■石棺墓

 箱式石棺と屈葬

『石棺』は箱式石棺、箱式棺などと呼ばれ、二種類に分けることができる。一つは長方形の板石を組み合わせて箱型にしたもの、もう一つ は大人が抱えられるほどの大きさの川原石を何個も重ね、箱型にしたものである。大きさは長さ2m前後、幅1m前後、深さ70cm前後 のものが一般的で、棺の上部は4、5枚の石で蓋をされている事がある。箱には底はなく、遺体や副葬品は直接棺の中に納められている。
また、発掘された石棺墓の中には、石棺内部が赤い顔料(ベンガラ)で塗られているものもあり、当時の祭祀法の一つ『魔よけ』の意味合いがあるものと考えられている。


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